【体験談インタビュー】10年のキャリアを捨てて手にしたニュージーランドでの自分らしい生き方

海外体験談

海外移住という選択肢があります

突然ですが、あなたは自分が心地いいと思う環境で幸せを感じながら過ごしているでしょうか。

そんなこと無理な世の中でしょう。みんなある程度我慢して頑張って生活するものでしょう。という考えが一般的なのかもしれません。

わたしも、以前はそんな諦めのような気持ちを持ちつつ勤めていましたが、どこかで「もっと毎日楽しく過ごせるような生き方があるのかも」という淡い希望も持っていました。

あなたにもしそういう気持ちが少しでもあるなら、「海外移住」という選択肢があることを知っておいてほしいと思います。

海外移住経験者の実体験を自分の中にストックする

「いやいや、英語も話せないし大したスキルもないし、わたしには縁のない話…」

「今の環境がつらいと思うのは自分の甘えだと思うし…」

「海外へ行くなんて保証もないこと怖くてできない…」

と、思うかもしれません。

実際に自分が海外移住をするかどうかは別として、「日本での生活で行き詰まった人が海外へ行って移住までした」というような実例を、自分の中にストックしておくことは結構有益です。

人生にはそういう選択肢もあるということを知っておけば、「つらいけど日本のこの環境で頑張るしかない」という盲目的な希望のない状態にハマらなくて済みます。

同じような悩みを持っていた人がいるというだけでも、仲間を見つけた感じがして救われるかもしれません。

なので、今は移住なんて考えてなくても、「へ~、こんな人もいるんだ」くらいの気軽な気持ちで読み進めてみてください。

海外移住を果たしたマイコさんへインタビューしてみました

実際にニュージーランド(以下NZ)へ移住を果たしたマイコさんに実体験を根掘り葉掘りインタビューしました。

日本で生活していた時は自分の生活について、「これが幸せって信じられているんだから、この道を進むのがきっと正しいんだろう」と言い聞かせつつも何か違う、という感覚があったとのこと。

そういう違和感をあなたも持ったことがあれば、共感する部分が多いかもしれません。

ただの美しい「海外移住サクセスストーリー」ではなく、海外生活に到るまでの苦労や悩みなど、時にドロドロとした(笑)心情の変化を知ることは勉強になるし、何よりも、等身大で感情移入できるから読んでて面白いです。

インタビューは下記の流れで行いました。

  1. プロフィール
  2. 海外へ行くという決断をした経緯
  3. オーストラリアでの学生生活
  4. 一か月のホリデー期間に得たものとは?
  5. ニュージーランド生活
  6. 永住権までの道のり
  7. 現在の生活スタイルと日本との比較
  8. これからの目標や夢について

では、早速どうぞ!

マイコさんのプロフィール

神奈川県出身で東京の大手企業に10年半(営業4年、人事採用6年半)勤めていました。

仕事は忙しかったですが楽しかったです。だけど、自分のキャリアの今後が見えなかったのも事実で、課長や部長などの役職に魅力も感じず、わくわくすることが少なくなっていました。

プライベートでは結婚して4年が経っていましたが、そこで彼の浮気が発覚します。

海外へ行くという決断をした経緯

その頃の私は、いい大学を出て、いい会社に入って、20代後半で結婚して30歳までには子供を産んで…というきれいな人生設計を立てて、そのレールを歩むことに必死になっていました。

浮気が発覚した時も、なんとか周りにバレない様に軌道修正できないかを考えました。

周りからどう見られているかがすごく大切だったんですね。

ネットで調べると、離婚カウンセラーという方が関係の再構築について書かれていたので、軌道修正するためには再構築が必要と判断して相談をしました。

早速再構築の可能性を聞くも、カウンセラーははっきりと、状況的に再構築は辞めた方がいいと言いました。

それを聞いて、目が覚めた気分でした。

状況を客観的に見たプロが言うのなら、辞めた方がいいのだろう。再構築が大変なら、離婚して自分の幸せのために大変な方がいいと思い、離婚の道を進めることにしました。

今後を考える中で海外留学をしてみようかと思いついたのは、大学時代に海外留学に行きたかったことを思い出したからです。

海外で暮らしてみたい、英語がしゃべれるようになりたい、ということに未練があったんですね。ですが、安定した生活と悪くない給料もありましたし、その時はまだ夢物語でした。

たまたま会社であったTOEIC特別講座を受講したり、海外案件を回してもらったりと上司に配慮してもらい、あわよくば会社を辞めずに海外へ行けるかな?と可能性を探っていました。

その後、優しかった上司が代わって嫌な上司になり、前述の通り仕事の先も見えなくなるなど状況がちょっと変わってきました。

徐々に「会社を辞めて海外留学をする」という選択肢が現実味を帯びてきて迷ってる時、唯一反対するかもと思ってた祖父が亡くなり、行っておいでと言われてる気がしました。

家族や友人など周囲の人の反対も驚くほどなくて、全てがいいタイミングのように思えました。

実は思い返すと、離婚する前から自分の今の人生に違和感がありました。

ある日、自分が一から設計した大好きなはずの家で寛いでいる時に、急に目の前が真っ暗になったことがあります。

「このまましばらくしたら子供が産まれて、60歳まで働き、そこそこな人生だったねって言って自分の人生終わるのかな」って考えたら、すごくぞっとしたんです。それって楽しいのかな?って。

「いや、でもこれが世間一般に信じられてる幸せだし、それでいいんじゃない?大丈夫大丈夫」と言い聞かせ、自分を騙してやり過ごしていました。

きれいなレールを歩いていた当時の人生ではない、全然違う人生に憧れていたんだと思います。

なので、離婚で自分の理想が崩れて、別の人生を経験できるチャンスを得たことは、しんどかったですがラッキーでした。

あと、もし結婚してなかったり家を建てたりしてなかったら、日本でなにかやり残したことがあるって思ってたかもしれません。一通りやり切ってたから日本に未練がなかったのかもしれないですね。

こうして、10年勤めた会社を辞めて海外留学へ行くことを決めました。

オーストラリアでの学生生活

フラットメイトと

どうせ海外に行くなら、大学院へ行った方が箔がつくかなと思い、お世話になることにしたシドニーの留学エージェント「APLaC」の田村さんに相談したら、

「とりあえず半年学校へ行ったら、気持ちも変わるかもしれないよ。いろいろ疲れててブレイク取りたいんでしょう?あまり考え込まないで、来てから決めた方がいいよ~。」

と言われてそうすることにしました。

周りには先のことが決まってないのは危なくない?と言われましたが、一人でも理解者(この場合は田村さん)がいるだけで気持ちは大分安定しました。

六か月の通学+一か月のホリデーの学生ビザでオーストラリアに入国しました。

語学学校は、頭に詰め込んでた知識を実戦で使えるようにするための準備期間という感じ。

クラス分けで最初に入ったインターミディエートは半分以上が日本人で、最初は日本人が話す英語しかわかりませんでした…。

語学学校クラス分けの呼び名
  • エレメンタリー(elementary):初級
  • プレインターミディエート(pre-intermediate):初中級
  • インターミディエート(intermediate):中級
  • アッパーインターミディエート(upper intermediate):中上級
  • アドバンスド(advanced):上級

その後に行ったアッパーインターミディエートはクラスに日本人が1~2人になりました。やはり最初はついていくのが大変でした。

この期間学校で基礎的な知識を習ったことは後々大きかったです。

旅行やファームで仕事をするとかだけでしたら学校は必要ないかもしれないけど、永住権やIELTS(アイエルツ:海外移住申請などで必要な英語試験)、会社でちゃんとした英語を使わなきゃいけないときなどに学校で習ったことが生きてきました。

そんな学生生活は、楽しかったけれど英語が話せないから毎日落ち込むし、話せないだけで人として失格みたいな感じがしていました。

加えて、周りが10~20代と若かったこともあってか、自分が何者なのかわからなくなっていく感覚がありました。

それまで、企業に勤めていた10年のキャリアが自分のアイデンティティでしたが、それらが全部なくなって、一回自我が崩壊した感じがありました。自分がどろどろ溶けていくような。

それは怖いことでもあったし、楽しく感じることでもあり、自分の感情がどんどん変わっていくような不思議な期間でした。

思い返せば、そうやって、今NZにいる自分が形づくられていったように思います。自然体な自分へ戻っていくための自我崩壊とでも言った方が正しいかもしれません。

社会人留学をお考えの方もいると思いますが、私が留学して一番得たものといえば、英語力もさることながら価値観が変わったことです。

その場その場で何が最善(どの選択肢だったら自分が納得できるか)か考えて、それを繰り返してたらいつの間にか6年前とは違う自分になっていました。

捨てるものが大きいほど怖いですが、その分覚悟も決まるし、なんとかして何か掴もうと思えるんじゃないかと思います。

人生の保険をかけずに国を飛び出すのが個人的にはおすすめです。

一か月のホリデー期間に得たものとは?

オーストラリアに語学留学して三ヶ月が経過したあと、一ヶ月のホリデーをとりました。

ホリデーの旅行を通して自分がすごく変わったと思います。もう一人旅にビビってた私はいなくなってしまった!

何も決めずに旅行をしましたが、パズルがハマる感じでするする動いていきました。

以前一人でヨーロッパ旅行をしたときは、事前にすべてを決めて行っていたので、出たとこ勝負の旅行はこれが初めてでした。

こういう旅行は、自分に素直になれる感じがします。行ってみてその日の気分で、っていうのがすごくよかった。無限に選択肢があるのに、事前に決めていると別の選択肢を逃しちゃうかもしれない。

もし気持ちが乗らなくて逃しちゃったらそれはそれでいい、と諦めるようになりました。悔しいならまた来ればいいし、気持ちが乗らないってことは縁がなかったのかもしれない。

こうして何も決めてなくても何とかなるとわかったら、強くなりました。

こういうふうに考えるようになったのは、自分のことがわかるようになったことも大きいです。

日本を出てから、どうやったら自分が気持ちいいかどうやったら効率よく前に進めるかを考えるようになりました。

周りの人からどう見られるかより、自分がどうしたいか。つまり自分勝手になった笑。けど私はその方が幸せです。

昔からそういう片鱗はあったようにも思うので、私には海外が合っているんだと思います。

ニュージーランド生活の始まり

オーストラリアで学生ビザの延長を却下され、オーストラリアを出なければいけなくなりました。

その時はまだ英語も微妙だったので、恥ずかしくて日本に帰れないと思っていたし、どこかで永住権を取ることが目標だったから、それができるまで帰りたくありませんでした。

いつかは世界一周旅行をしたいとも思っていたので、旅行しながら就職活動をすることにしました。

オーストラリアを出てバヌアツへ旅行に行き、バヌアツから友達と旅行をするためにNZへ行く飛行機の中で、早々に仕事を見つけました笑。

永住権までの長い道のり

現在も住んでいるダニーデン

永住権取得までは壮絶でしたが、それを乗り越えないと海外生活は楽しいと思えないかもしれません。

NZへの飛行機の中で会ったボスとの仕事は紆余曲折いろいろあり、大喧嘩したりマネージャー職を首になったり、最終的には弁護士を交えての話し合いをしたりしました。

2017年2月移民法の大幅な改正があって永住権申請に年収が関わることになり、給料の値上げ交渉や転職活動と並行してIELTS受験(永住権申請に必要な英語試験)、ビザにまつわる諸所の交渉や書類整備、ビザアドバイザーとのやり取りなど本当に目まぐるしく状況が変わっていきました。

以下はシドニーにある留学エージェントAPLAaCの田村さんとマイコさんのメールのやり取りなどをフェイスブックに上げたもののリンク集です。

当時のリアルな感情や状況が書かれてるので面白いです。ひとつひとつが長いので笑、お時間のある時にどうぞ。

NZ共同経営壮絶ボコられ記

NZマネージャー修行奮戦記(続)

NZマネージャー奮戦記(その3)

NZマネージャー奮戦記(その4-1=前編)

NZマネージャー奮戦記(その4-2=後編)

NZ転戦記

永住権取得

移民法改正前の申請にぎりぎりで滑り込み、ワークビザを延長し、永住権申請。

2018年4月永住権を取得しました。

現在の生活スタイルと日本との比較

今の生活は、なんといっても自分らしくいられます。

オーストラリアを出てからは、次の方向を自分の価値観で決めていかなきゃいけなくなって、結婚も恋愛もキャリアも仕事観も自分が心地よいと思える方向を見定めるようになりました。

それと、外国人だからということもあるけど、周りからのプレッシャーがありません。こうした方がいいんじゃない?と言われることがない。私がしたいと思ったことを周りは尊重してくれます。

自分の親にとっても私が海外にいる方が楽じゃないかなとも思います。

日本で子供が離婚して一人で仕事バリバリしてるんですって言うと、どこかに寂しさが漂う。

再婚したっていうと「今度は長く続けばいいわね」という周りの反応がある。

海外にいるんですってなると、全てから解き放たれると言いますか。

私本人も、離婚していると日本では窮屈な感じがして生きづらく感じます。

この先ずっとこの窮屈な感じで生きていくのかなと思うと、見えない透明な壁が自分の周りにあるような感じがしました。

私には思い切ったことを日本でやるというのがなかなか難しかったけど、私のことを誰も知らない海外だったらできると思いました。

あと、自分と親との距離感も、これくらい離れている方が実際に会った時に優しくいられて、私にとってはいい距離感です。

これからの目標や夢について

現在は言語学習の教材を作る仕事をしています。

大学生の時に塾講師をずっとやっていて、教材を自分で全部作っていたことがあります。先生として教えるよりも、誰かが使う教材や物を作ることが好きみたいです。

リモートワークもできるので、例えば国外にいても仕事ができるし、今のところ仕事には何の不満もありません。

今まで留学などでNZへ来る人のサポートをしたいと思っていたけれど、今の仕事がすごく楽しいのでちょっと意欲が薄れています。

シェアしている家も仕事も楽しいから、結婚とか恋愛がなくても今は大丈夫なのかもしれません。

NZで家を買うべきか、コロナが落ち着いたら旅をしながら仕事をするか考えています。

体験談から学べる事:目の前の出会いとチャンスを掴み続ける

いかがでしたか?

「この人すごいな~!私にはとても真似できない…」って思うかもしれません。

私もそう思いますし笑、実は本人もそうかもしれません。

というのも、この体験談は再現性と普遍性が低いからです。

この話には、諦めずに少しでも可能性のあることはすべてやる彼女の性格だったり、今までの彼女のバックグラウンドが大きく影響しています。それがなければ移住できていないでしょう。

そして同時に、法改正のタイミングや運などの誰も知り得ない不確定要素が複雑に影響しています。

なので、この例がそのまま誰かに当てはまるということはまずありませんし、同じようにやってみても上手くいかないでしょう。

この体験談を「成功の型」として捉えるべきでないですし、真似できなくていいんです。

では、どうやってこの体験談を自分に生かせばいいのかというと、

勢いと行動力を持って目の前の出会いとチャンスを逃さない」という彼女の姿勢をぜひ真似てください。

ブレない目標(彼女の場合は永住権取得)を持ち、そのために出てきた可能性を片っ端から掴み続けた結果、彼女は永住権を得たのです。

人生の選択肢を増やす試み

自分には縁がないと思っていた海外移住の道の泥臭い部分を知ることで、夢物語が現実味をもって身近に感じられたんじゃないかな~と思います。

夢だと思ってたことがリアルに感じられれば、あなたの情報収集もリアルになっていきます。

他の国だったら?自分の場合(職業、年齢、性格、環境…)だったら?海外移住以外の方法ってあるのかな?と、この話をきっかけにあなたの可能性が少しでも広がっていけば幸いです。

「海外移住しかない!」とか「今の環境で生きるしか方法はない!」って考えを制限するのでなく、人生の選択肢を増やすために色々と模索してみてください。

それは、人生の余裕を作ることになるし、思っても見なかった方向へ人生が転がっていくかもしれません。

聞きたいことやコメントなど何かあれば下記からメッセージを送ってください!

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