【ロシア】モンゴル経由でロシアへ電車入国、ウラン・ウデで行き詰まる初日 

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北京を出発した電車は、モンゴルを通ってロシアへ入り、ロシアを横断するシベリア鉄道へ合流します。

モンゴルに入った電車は、しばらくして首都のウランバートルに到着。ここでちょっと長めに停車するので、お昼ごはんを食べに駅構内の食堂に行ってみました。

メニューはキリル文字でまったく読めないので、食べ物を直接指差しして注文。頼んだ餃子とチャーハンは両方とも羊肉でした。好きだからよかったし美味しかったんだけど、ちょっと飽きて残してしまった。

電車はその後ウランバートルを出発し、この夜はいよいよロシア入国

おもむろに国境付近の駅で停車すると、二人組の入国審査官がぞくぞくと車内へ入ってきます。

強面、屈強のロシア人審査官が車内に入ると、全員に一気に緊張感が走る。

隣では無表情の大柄な審査官二人が中国人カップルに対し、「何をしに来た」「この書類を出せ」「立って後ろを見せろ」などと入念に時間をかけてチェックしていて、順番的に次のわたしと日本人学生くんはびくびく怯えて待っていました。

そしてやってきたわたしたちの番。

なるべく怪しくない堂々とした印象がいいかな、と思って(別に怪しいことはないのだが)ひきつった笑顔を向けてみた。変わらず無愛想な審査官。

わたしたちのパスポートを見てぱらぱらと中をチェックした後は・・・

何もなかった

さっとスタンプを押して終了だった。用意した書類すら見なかった。

パスポートの国によって、そんなに手続きが違うものなの??日本のパスポート最強説が更新された瞬間でした。ロシアにも通じた日本パスポートの信頼性。

それにしても問題なくてよかった。心配してたロシアへの入国ができたんだなぁ。ほんとよかった!!

安心して眠りにつき、翌朝にはロシア最初の目的地ウラン・ウデに到着。

電車はこのままモスクワまで進み、同室の日本人学生くんの目的地はまだ先なのでお別れです。電車が停車している間に電車を降りて見送りにきてくれました。

わたしはこのウラン・ウデで数日泊まった後、再度シベリア鉄道に乗ってモスクワへ向かいます。

なので、モスクワまでのチケットを買っておこうと学生くんとチケット売り場へ向かう。

学生くんが心配そうに見守る中、希望のチケットのことを伝えようとするも、まーーーったく全然英語が通じない

数字すら英語で伝わらないので、日付を伝えるのにまず一苦労。おまけに電車の等級も種類もたくさんあるっぽいし、毎日運行しているわけではないので、それはそれは悪戦苦闘でした。

唯一幸運だったのは、対応してくれた方が(すごく)無愛想だけど辛抱強かったこと。

何度も何度も同じ(と思われる)質問や確認をしてくれて、筆談しながらようやく買えた。よかったぁ。

ちなみにこの駅に限らず、窓口であろうがインターネット上であろうが、ロシア国外のクレジットカードは使えないことが多いです。サンクトペテルブルグなどの観光都市では使えましたが、こんな小さな町の駅ではダメでした。

その間に電車の発車時間になってしまい、中途半端に学生くんとお別れし、ひとりになりました。

ウラン・ウデはブリヤート共和国の首都であり、もともとモンゴル系のブリヤート人の居住地だった場所。

すれ違う人々はモンゴル系の人たちばかりなので、日本人は違和感なく町に溶け込める。自分とは縁がないと思っていた国に親近感を感じるという不思議な感覚。

町の中心部には、ロシアらしくレーニンの巨大な頭部像があり、その周囲にメインストリートやオペラ劇場があります。結婚式の集合写真を撮るくらい、町の象徴なんでしょうね。

観光名所などもなく、どちらかというとロシアの中では目立たない都市。

ここでわたしが電車を降りた理由は、まず、バイカル湖を見てみたかったことがひとつ。

もうひとつは、セメイスキエ(家族として生きる人々という意味。ユネスコ無形世界遺産)というロシア正教古儀式派の信徒の村を訪れたかったからです。

セメイスキエの家はカラフルにペイントされ、人々の着ている服もカラフルで可愛らしく、その地方の昔ながらの食事をし、素敵なハーモニーの歌を歌うらしい。ぜひ行って見たい。

まずは初めてのロシアの町を散策。見るものすべてが新鮮でした。

ウラン・ウデは、8月だというのに肌寒い曇り空でしたし、予約した宿はどことなく雰囲気の良くないゲストハウスでしたが、未知の国に対してわたしの心は爽やかでうきうきでした。

ロシアらしい帽子を売る露店を見てにやにやし、

初めての本場ロシア料理(ファーストフードみたいなところだったけど)を味わい、

カフェに入ったりスーパーに入ったりしました。あぁ、たのしい!

待ち歩きを堪能した後、そろそろ観光情報を集めようかと調べ始める。

すると、目的のひとつセメイスキエの村はウラン・ウデ郊外にあり、彼らとともに食事や歌を楽しむためには事前にその旨を言っておかなければならず、どうやらわたしはツアーに参加するしかないらしい。

しかしツアー情報がびっくりするほど少ない。あっても一人参加となると、US$250~とものすごく高い。本当に行けるのかだんだん心配になってきた。

さらに、もう一つの目的だったバイカル湖観光は、実は湖西側のイルクーツクという町から行くのが普通で、湖東側にあるウラン・ウデからバイカル湖へ行くには、一日かけてローカルバスを乗り継がないと行けないらしい。英語が全然通じない中で一日かけてバスを乗り継ぐ気力はない・・・

その後あれこれ調べるも画期的な打開策も見つからず、あー、どうしよーと悩みながらも宿の人にビールをもらい、(2リットルペットボトルビール!)

そのまま早めに、半ば不貞寝的に就寝。

よく眠れないまま朝になると、昨夜まで自分一人しかいなかったドミトリーの部屋に一人の男性が寝ていました。

彼は近くの町で働く医者のアンドリエ。

今は休暇でここへ来ているらしい。彼とのこの出会いが、この後のロシアの旅をほんとうに充実したものにしてくれたのでした。

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