ルーマニアの移動情報とクルジュ・ナポカへ導くしわくちゃな手

ヨーロッパ

ルーマニアの田舎の方を見たい、北部に残っているという木造教会を見たいと思い、ティミショアラから電車で北部の方へ移動することにしました。

ウクライナとの国境付近の小さな町への移動拠点となるクルジュ・ナポカという町に向かいます。

この時の移動では電車を使いましたが、実はルーマニア国内の移動はバスが便利です。

10日間ほどのルーマニア滞在で電車を利用したのはこのときの移動だけで、後は全てバスでした。

本数が多いし、小さい町への移動はバスしか手段がなかったりします。

だけどこのバスが曲者で。

ルーマニア国内もしくは近隣諸国へ向かうバスを検索できるサイトがあって便利です。

便利なんですが、調べておいた時間のバスが来なかったり、時間が変わっていたり、逆に本数が増えていたり、実は予約をしないと来ないバスだったりと全然信用できない情報なんです。

なので、本当に参考程度で事前にバス乗り場で時間を聞ければ聞くべきだし、宿の人に聞いてみたりした方がいいです。

あと、小さな町で多かったのはバス停がないこと。

目的の町付近へ入ったら、そこから人々は降りたい場所が近づくと運転席へ向かって行き、詳しい場所を告げて降りて行く。

わたしはてっきりバスステーション的な決まった場所があると思っていたので、最初はすごーく焦りました。

どこで降りるべきなのか全然わからなかったから。

宿の場所を伝えても、大抵の安宿がそうであるように、大通りから離れた場所にあったりして、運転手はその宿の場所がわからず、よってわたしを降ろすべき場所もわからない。

結果、だいたい町の真ん中くらいかな、みたいな場所で降ろされます。

そこからは地図と自分の勘と周囲の人を総動員して自分が目指す宿を探すのです。

宝探しみたいで面白いんですけどね、その時は必死ですけど。

さて、結果的にレアな移動となった電車移動ですが、これもなかなかシステムがわからなかった。

駅に到着した一本の長い電車は、目的地の途中までしか行かない車両、途中で別のルートへ向かう車両など、異なる行き先の車両がいくつもくっついて構成されていたようです。

各車両の入口には目的地らしき単語が紙に書いて貼ってあるのですが、目指すクルジュ・ナポカは見つからない。

出発時間も迫るしよくわからないので、近くの車両へ入り、チケットに記載の座席に座っていると、見るからに優しそうな笑顔のおじいさんが近くへ座りました。

英語が話せないようなので、なんとなく挨拶を交わしてチケットを見せてみると、急に慌てて席を立つよう促される。

見事に間違った車両にのんびり座ってたようでした。

おじいさんはわたしの手を引き、その車両よりだいぶ先の正しい車両まで案内してくれて、座席も確認し、最後に大きなしわくちゃな手でもう一度握手をし、自分の車両へ静かに戻って行きました。

ひとの優しさや温かさは、言葉がなくてもしっかり伝わるものだなぁ。

むしろ言葉に頼らないから感じやすいのかな。

電車では、たまたま席が近かった人が英語を話せたのでいろんな話をしました。義理の兄弟に日本人がいるらしい。すごい偶然。

ルーマニアの電車のトイレはなかなかチャレンジングな汚さだし、物乞いの親子が何度も車両に来たりとあまり心地がいいものではなかったけれど、

彼のおかげで6時間の移動はわりとあっと言う間でした。

ちなみに、車のCMでよく使われる、ヘアピンカーブで有名なトランスファガラシャンという山道の観光を勧められましたが、冬期は閉鎖されてました。残念。

その彼がbeautifulだというクルジュ・ナポカの町は、それほど大きくなく、正直に言うとあまり印象に残らない町。

逆に言うと長く滞在するには過ごしやすいかもしれません。

丘の上にたつvervedere(美しい眺めという意味)hotelから見下ろす町並みはこんな感じ。

町の中心に教会や劇場があり、

賑やかな通りの脇に古びたお店と古びたバス。

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一部には古い石造りの道や城壁跡があったりします。

そんな城壁跡近くの宿Retro Youth Hostelに泊まりました。

わたしが訪れた日が雨の寒い日だったので、どうも印象が暗いのですが、可愛らしいカフェやパン屋も見かけたし、なぜか古着屋が目立って多かったように思います。

これはそのカフェで食べたパパナシという揚げドーナツにサワークリームとジャムをのせたデザート。あまーいルーマニアのおやつ。

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晴れ間を縫って公園を散歩したときのかわいいおじいちゃん方。

町よりも人との出会いの方が思い出に残る町でした。

明日は、無事に行けるかわからない未知のルーマニア北部へ移動します。

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