ロシア帝国の存在感


「サンクトペテルブルグ」というのはロシア語読みで、英語では「St Petersburg(セント・ピーターズバーグ)」と言います。

ウィーン(Vienna:ヴィエナ)しかり、フィレンツェ(Florence:フローレンス)しかり、日本語名は現地の言葉に忠実なんですね。知らなかった。

 

夜行電車がサンクトペテルブルグに着いたのは朝5時。

今回は宿を予約しているので、地下鉄に乗って最寄りの駅まで移動し、地上に出る。

と!

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目の前にはネフスキー大通りというメインストリート。

周りを囲む建物が、全て美しくて、感動した。

あいにくの天気のせいで、建物も景色もすべてが薄茶色なのに、それでも美しかった。

加えて朝早かったので人が全然いなくて、その静けさと薄暗さが建物の美しさを際立たせていたように思う。

この時点ですでに完全にロシアに恋していたな、と思います。

 

サンクトペテルブルグはロシア帝国時代の首都。その時代の豪華絢爛な建物がたくさんあります。

中でも、血の上の救世主教会(Church on Spilt blood)と世界三大美術館のひとつであるエルミタージュ美術館が、今回の目的。

これまで(そしてこの後何度も)教会をたくさん見てきたけれど、この血の上の救世主教会は桁外れでした。

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柱や天井を含めたすべての教会内部はモザイクで埋め尽くされ、その細かさゆえに絵画に見えるほど。

わたしは美術や建築に詳しくないし、キリスト教徒でもないけれど、それでもこの教会の素晴らしさはわかった。

費やされたたくさんの年月と、関わった多くの労働者と集められた多くの資金と一般市民の貧しい生活を想像して驚愕し、建築に至った歴史などそのすべての背景を考えると、圧倒的すぎてすごい虚無感を感じる。

人間て、どこまで美しいものが作れるんだろう。

 

この感覚は、エルミタージュ美術館でも、

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エカチェリーナ宮殿(琥珀の間:Anber roomが有名で本当に美しいけど、写真撮影禁止だった。この写真は別の部屋。)でも感じました。

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わたしは世界のことを何にも知らないんだなぁ。

 

サンクトペテルブルグには、アンドリアの紹介してくれた友人マックスがいました。

マックスは在露韓国人の四世で現在は州立大学の大学院に通いながら、大学で講義をすることもあるそう。

少年時代からずっと武道をやっていて、いつか日本に行って師匠のもとで武道を習いたいとのこと。

勉強と仕事で忙しい中、見ず知らずの外国人のために時間を作って会ってくれるなんて、どこまで優しいんだ。

一緒にマックスの大学を見学した後、アルメニア料理を食べに行きました。

マックスに聞くまで全然知らなかったんですが、ロシアにはアルメニア、ジョージア(グルジア)、ウクライナなど大陸内部のレストランが多いそうです。

ソ連から独立した国々だから当然なんですけど。自分の無知さが恥ずかしい。

別の日にマックスの友人たちと一緒にジョージア料理も食べに行きましたが、どちらのお店ももちろんロシア語しか通じないし、店自体なんの料理のお店か私には全然わからなかったので、一緒に行けてよかったです。

内陸の料理は羊肉やチーズなどの乳製品が使われることが特徴なんですが、チーズが濃厚ですごーく美味しかった!

この旅で「何がおいしかった?」て聞かれると思いだすのが、アルメニア料理屋で食べた、羊肉を葡萄の葉で巻いたドルマという料理とチーズがたっぷり使われたピザみたいなパン(名前は忘れた)です。

肉とチーズの組み合わせでカロリーがとても気になるところですが・・・、お腹いっぱい食べちゃいました。

 

町を歩いているだけで心から本当にうきうきして、写真もばしばしと撮りたくなったのは、こことインドだったかもしれない。

 

マックスと別れ、名残惜しく最後の夜の街を味わいながら歩いて宿へ戻りました。

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憧れのシベリア鉄道と、たくさんの人との出会いがあった未知の国ロシアは、たくさんの友人がいる再訪すべき国となりました。