予期せぬロシアのお寺見学とユルタ体験でディープなウラン・ウデ観光

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ウラン・ウデの宿で出会ったアンドリエは、小児外科医なのに両手首を骨折してしまったため、(どういう状況?)現在は休職中だそう。

彼はかなり敬虔な仏教徒でベジタリアンであり、中国が大好きで中国語を独学でマスターしたという、かーなりユニークな人でした。

残念ながら彼はセメイスキエのことは知らず、

それについて新しい情報はありませんでしたが、話を進めるうちに、田舎のほうに泊まることは出来るかもしれないとのこと。

セメイスキエには行けなくとも、田舎に泊まるっていう体験はなかなかよさそう。

ロシア語が話せないわたしを心配してくれたことと、わたしが仏教徒であることが彼の信用を得て、彼と共に動くことになりました。

今思うと、仏教徒かどうかというより、ただアジア人女性が好きだったからだと思うけど(笑)

まずはアンドリエの希望でウラン・ウデ郊外にあるチベット仏教のお寺、イヴォルギンスキー・ダツァンへ。

カラフルな装飾がいっぱいのチベット仏教寺院は、日本の質素なお寺に馴染んだわたしにはどうしても落ち着かず、お菓子を口いっぱいに詰められたスノ―ライオン(狛犬のような姿をしたもの)がコミカルに見えて笑えてしまう。

お寺をゆっくり見物した後、夜にはバスを乗り継ぎ、例の田舎?に移動して泊まることに。

お互い英語が堪能とは言えないこともあり、どんなところへ泊まるのか、どこに向かっているのかも今いちはっきりせず、すべて彼任せで移動していました。

今考えると、その日に知り合ったよく知らない男性に任せて、しかも同じ場所に泊まろうとするって…普通なら避けるシチュエーション。

だけど、彼と話してみて、仕事の内容(医者)や物の考え方、信念などから信用できる人だと思ったし、一緒に行動していても嫌な対応や怪しい素振りもなかったので、お任せしてました。

宿泊場所に到着したのはすでに夜で、周囲は真っ暗。

夜遅かったにも関わらず、宿のスタッフのおばちゃんは明るく親切に対応して下さり、お茶や食べ物も用意してくれました。

泊まったのはモンゴルでよく見かけるユルタ(ゲル、パオとも呼ぶ)という白い円柱状の居住スペースに円錐状の屋根がついたもの。

入ってみたかったやつ!やったー。

このユルタは、骨組の上をラクダの毛で覆ってあるため、内部は非常に保温性が高くてあたたかい。

可愛らしい模様で飾られた木製のドアから中へ入ると、5台のベッドがぐるりと周囲を囲むように置かれている。結構広い。

中央に大きなテーブルと椅子、そして薪ストーブがあり、そこから伸びる煙突がユルタの屋根の中心近くを突き抜けているという構造です。

翌朝外に出てみると、そこは周囲に何もないど田舎のキャンプ施設のような場所で、ユルタが他にもいくつかと、母屋となる大きめの建物がありました。

その施設内には馬やラクダなどの動物もいて、かなり広いようでした。ロシア人の家族が週末や夏休みに遊びに来るような施設のようで、ロシア語が話せる人と一緒でなければまず行かなかったと思います。

出会って寺へ行ってユルタに泊まったこの2日間、アンドリエは私に一銭も払わせようとせず、すべて彼が払ってくれました。

彼はかなりシビアなベジタリアンだったため、食事はいつも同じ中華レストランで野菜炒めのみという点がやや難でしたが・・・

ロシア語の話せないわたしが、この後も一人でロシアを旅行することをとても心配し、モスクワとサンクトペテルブルグにいる彼の友人を紹介してくれました。

おかげで、わたしはどこへ行っても誰か知り合いがいるというこの上ない環境を作ってもらい、更に、友人がその友人を連れて来てくれるので、わたし自身の友人の数がどんどん増えていきました。

アンドリエと同じ部屋に泊まることがなかったら、わたしのロシアの印象は大分変わっていたかもしれない。

この日の夜には、モスクワへ向かうシベリア鉄道に乗るので、数日分の食べ物を買ったり、ゲストハウスでシャワーを借りたり(電車にはシャワーがない)、メールなどの連絡を済ましたり(電車にはwifiがない)しました。

そしていざ駅へ。

アンドリエは車内でわたしの席を確認したり、スタッフにわたしがロシア語が話せないということを伝えてくれたりと、最後まで世話を焼いてくれました。

たくさんお世話になってすごーく感謝していますが、数日間にわたって手とり足とり世話をしてもらうと、自分が何もできない小さく弱い生き物であるような気がしてくる。対等でないというか…。贅沢な文句ですけど。

これから数日間は小さいころからの憧れだったシベリア鉄道での生活。

どんな感じなのかなぁ。

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